看護の世界に足を踏み入れたものしかみえないもの。
看護をする側とされる側。持ちつ持たれつで回っていた医療現場も、急速な高齢化社会に突入した今、少子化に加え、過酷な労働という認識から看護の世界に入ることを躊躇する若者が多いことで、慢性的な人手不足に陥っていることは目を逸らせない現実です。看護師だけでなくホームヘルパーも取得している人はほとんどいないようです。やはりヘルパーは体力的にもきつい印象があるのでしょうか。そんな中私の娘は2年前医療従事者を目指したいと言い出しました。思いもよらない選択に不安もありましたが、本人の意思を尊重し了承しました。応援している今でも研修に向かう前に数々の感染予防の接種をしないといけないと聞くと、親として看護の世界へ送り出すことに多少の戸惑いを感じないかといえば嘘になります。しかしながら、目的意識や使命感を持ち、大変な研修も笑顔で頑張っている娘を見ると、看護の世界に足を踏み入れたものしか味わうことのできないなにかがあるのだと感じます。人のためになにかしたい。少なからず誰でも心の中にある感情ですが、思うだけでなかなか行動できないでいます。人に感謝されることって私は何かしてきただろうか思うときがあります。そう考えると多くの人を支え、力になれる看護の世界は日々充実した気持ちでいられる世界かもしれません。思い起こせば娘と同じ年代に私も自分の存在意義についてあれこれ考えたことがあります。たどり着いた答えはと言えば、人の役にたつことでした。カウンセラーを目指そうかとか、看護師を目指そうかとか考えたこともありました。おそらく娘も私と同じように考え彼女は意思を貫き、看護の世界に入ることにしたのだと思います。いろいろ心配はつきませんが、私のぶんも頑張ってくれている娘を影でサポートしていこうと思う今日この頃です。
夢の世界。もしも幼稚園時代になりたかった看護師さんになっていたら?
自分が幼稚園児だったころ、よく「大きくなったら何になりたい?」という質問を受けた記憶があります。今から思えば、あの年代は人間関係という世界は狭かったけど、夢や希望の世界は広くて素敵だったなぁと思います。周りの男の子は「電車の運転手さん」や「消防士さん」、「おまわりさん」などの職業が人気でした。女の子の間では、「パン屋さん」「お花屋さん」「幼稚園の先生」などが人気でしたね。でも確かにヘルパーなんて夢のある職業ではないので、人気がでないのはある意味当然かもしれませんね。私はそのころからすでに欲張りだったので、「ピアノの先生」と「看護婦さん(今では「看護師さん」ですね。)」で子供ながら真剣に悩んだ記憶があります。そこでどちらかの職業を答えたからといって、何が変わるわけでもなかったのに、いちいち答えに悩んでいた自分がかわいいですね。さて、今の自分の現実はその当時の答えとは全然違いますが、時には、「もし幼稚園のときに答えたとおりの道にすすんでいたら?」と考えてみることもあります。自分でありながら自分ではないもう一人の自分の姿を想像するのはとても楽しいことです。人は大人になるにしたがって、知らず知らずのうちに自ら世界を狭めてしまうものなのですね。現実を知る、もしくは自分の新たな世界を見つける力を付けることは素晴らしいことなのでしょうが、周りに見向きもせずひたすら大きな夢を持ち続ける無謀さもまた素敵なことなのかもしれません。ちなみに幼稚園時代の私が必死になって出した答えは「看護師さん」でした。